Age 19:No Longer a Child

Best Friend’s Birthday    (without him)

 

1.

19歳という年齢は、厄介だと思う。

子供でもない。かといって、大人でもない。

子供の名残を残す大人、大人になりかけた子供。

でも、周りからは勝手に子供か大人のどちらかに分類される。

 そんな窮屈な状態を笑って我慢する兄が、頼もしくも痛ましくみえた。

 

 一月の末日、僕は長兄とその恋人が小旅行に出かけた留守に、次兄に日本への誕生日プレゼントの買出しにつきあってもらっていた。僕はこの世界に生まれたばかりだし、大人に贈るプレゼントなど検討もつかない。『自分がされて嫌なことは、他人にもしてはなりません』という日本の教えを反対解釈して、『自分が貰って嬉しいものを、他人にも差し上げましょう』とは思うのだが、パワーレンジャー変身キットを貰っても日本にとってはありがたくないのは僕自身でもわかるし、僕が好きなゲームソフトをあげても、ゲームオタク暦でははるかに先輩の彼が満足するのかは疑問だった。そもそも僕が買うソフトなんか発売日に購入済みだろうし。

 だから、次兄に東京まで来てもらったのだ。日本がイギリス以外で最も仲良くしているのはアメリカだし、付き合いも長いから、きっと彼の好みを十分把握しているに違いない。長兄達に内緒でかけた電話では、アメリカは二つ返事で快諾してくれた。

 待ち合わせた駅の改札に着くと、ジーンズとフライトジャケットという定番の格好をした次兄が乗降客の中に僕の姿を探しているのが見えた。手を上げて駆け寄れば、アメリカは嬉しそうに大きく手を振ってきた。

「おなか空いてないかい?」

 周囲からは子供扱いされている次兄は僕と二人きりのときは大人っぽく振舞おうとする。

 僕が首を横に振ると兄は駅と広場を挟んだ向かいにある喫茶店へ案内した。最近、どこの駅前にもあるアメリカ資本のコーヒーチェーン店だ。土曜の午後にしては空いている店の入り口で、彼は僕に席を取るように命ずる。奥のほうに空いていた赤いベロアのソファーを占拠し兄を待っていると、五分と経たずに、僕の目の前にマンダリンとココア、アップルパイの皿が二つ並んだ。

イギリスや日本と一緒のときは、アメリカはオーダーだけして支払いもコーヒーを運ぶのも相手に丸投げだ。なのに、僕と二人きりのときはいつも注文も受け取りも彼がする。おまけに、頼んでもいないケーキをつけて。

甘いココアにはアップルパイなんか合うわけがない。

イギリスだったら、アップルパイにはミルクティーを合わせるところだ。

でも、年上らしく振舞いたい次兄の意向を尊重して、僕は満面の笑みで礼を言った。

「ありがとうなのですよ」

My pleasure」

 アメリカは空色の瞳を細め、僕の何十倍も嬉しそうに笑う。人懐こい笑みは、相手まで嬉しくさせるアメリカの特技だ。

「シーランド自身は、何を贈りたいんだい?」       

 アメリカは湯気で曇った眼鏡を外し、アップルパイをフォークで崩す。

「ゲームとか漫画?それとも財布とかマフラーとか、普段使うもの?」

 早口の質問は、彼の気質をよく表現していると思う。先へ先へと進む、停滞はみっともない、転がる石はすばらしい!弟のペースに合わせることなんか、注文と品物受け取りのミッションを終えた瞬間すっかりどこかに行ってしまったようだ。

「漫画もゲームも、日本は欲しいものは発売日に買っていると思うのですよ」

 敢えて僕は兄の態度の変化を指摘せず、質問に乗っかった。

「だって、あの日本なのですよ」

「はは、そうだね。あの、日本だね。じゃあ、他のもの?」

 ざくざくとアメリカはパイを口に放り込む。ちゃんと味わっているのだろうか、少し不安になるような食べ方だ。

「日本は寒がりだからね、手袋とかいいと思うぞ」

「・・・でも、シー君は日本がどんな手袋が好きかわからないですよ。

 だから、お前を呼び出したのですよ」

OK!超クールなやつを見つけるんだぞ!」

 次兄はアップルパイの最後の一切れを口に放り込み、席を立つ。僕が口を尖らせて、恨めしそうな表情を作れば、次兄は軽く頭を下げた。

「ごめんごめん!」

 でも、膝がそわそわと動いている。

 僕はわざとゆっくりと、残りのアップルパイを食べていった。

デパートを数軒めぐり、アメリカが選んだのは赤いカシミアの手袋だった。甲の部分に白い雪の結晶が染め抜かれている、かわいらしいデザインだ。

年配の男性、という先入観に捉われてダークカラーの皮手袋を見ていた僕には、女の子が好みそうな派手な手袋は視界にも入れていなかった。

「子供っぽくないですか?」

「だって、大人っぽい手袋は当然もう持っているだろう」

 アメリカは人差し指で天を指し、自信たっぷりに意見を披露した。

「日本のコートは黒だし、普段着だってスーツだって地味な色だから、赤い手袋はすごく映えてキュートだと思うんだ。髪も目も黒だしね、きっとよく似合うよ」

そして、さらりと手袋をなでる。

「それに、これ、すごく手触りがいいぞ」

 アメリカの意見に動かされたわけではないが、なんとなく触ってみると、手袋はふうわりと柔らかい。いつも長兄と僕の世話を焼く日本の白い手にはこんな優しい肌触りが似つかわしかった。

「これにしたいですよ」

 僕は言ってから後悔した。

値段が予算を軽く超えていたのだ。値札には、フランスの家で見たことのあるブランドのマークが堂々と描かれていた。財布をひっくり返したってこんな金額は出せない。

一瞬の沈黙の後、アメリカが僕の手から手袋をもぎ取った。

「俺も出資していいかい?

二人でプレゼントすれば日本はすごく喜ぶぞ!」

 僕の返事を聞かずにレジへと歩く兄はまさしく子供の窮地を救うヒーローだった。

 レジではつやつやした赤の包装紙と銀のリボンでラッピングをしてもらった。それから、文具売り場でバースデーケーキが飛び出るカードを買って、カウンターの隅を借りてメッセージを書き込む。僕はケーキの右側に、アメリカは左側に。

「大好きな日本へ

誕生日おめでとうですよ。

いつもご飯とゲームをありがとうなのですよ。

だから今年も遊んでやるです」

もう一週間もカードの文面を考えていたにしては、僕のメッセージは誕生日だかニューイヤーカードだか母の日だかわからないものになってしまった。日本から習った俳句の極意、『表現したいことをコンパクトに』を実践した結果である。しかし、カードの空欄は限られているし仕方がないだろう。

僕に続いてアメリカはさらさら、と2行だけ文をしたためた。

「誕生日おめでとう

今年も君の誕生日を祝えたことに感謝を」

アメリカにしてはずいぶんと落ち着いた文章だ。文字だって綺麗な筆記体。

アメリカのメッセージを口の中でつぶやいてみると、ひどくざらついた気分になった。

かっこよすぎる。気障すぎる。らしくない。

「なんだか、年寄りくさいメッセージでやがりますね」

奇妙な感覚をごまかすために僕はわざとアメリカをからかった。

「どうせ気障なら、君の瞳に乾杯くらい書けばいいんですよ」

「気障って、俺は年相応のメッセージにしたつもりだけどね」

次兄は頬をぷぅ、と膨らませ反論をしてきた。

「俺だって一応、君の何倍も生きているんだぞ!

若くてクールなヒーローだからそうは見えないかもしれないけどさ!」

「若作りってやつですねー」

「それを言うなら、君の親友にいいなよ。

あの子、俺より年上なんだろ」

僕達は売り場の迷惑も顧みないでじゃれあった。

手袋を入れた赤い紙袋が確かな重みで僕の手に下がる。

買い物のあと、二人でゲームショップをはしごした。

これは日本の家でプレイして面白かった、あれはこの間日本と対戦して負けたから秘密の特訓でリベンジしたい。

アメリカは日本と遊んだ経験を元に僕に色々なゲームを解説してくれた。でも散々冷やかした挙句、結局僕達は何も買わなかった。

「じゃあ、11日は何時に待ち合わせるですか?」

帰りの電車を待つホームで、僕の問いにアメリカは小さく首を振った。

「俺は行かないよ」

返ってきたのは、小さな声。

「何でですか?用事でもあるのですか?」

「まぁね」

 次兄の返事は二人でプレゼントを渡すシーンを想像していた僕を驚かせた。

「そんなに大事な用事なのですか?」

「うん、まぁね」

 生返事は簡単に僕の驚きを苛立ちに変えた。二人で選んだプレゼントは、二人で渡したいのに。

「親友の誕生日をはずしてまで、大事な用事ですか?」

むきになって質問をする僕に、アメリカは小さく当日は自分の所属しているバスケットチームの試合と重なっている、とだけ答えた。

「俺がいないと、地区大会を勝ち抜けないんだ。ごめん」

珍しく謝る兄に、僕はふい、と顔を背けた。

 

 

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